シリコンスピン量子ビット素子を高速化する集積構造を提案 ~演算速度従来比10倍、シリコン量子コンピューターの実現に前進~(産総研)

2021.08.17更新

ポイント

  • スピン量子ビット素子と高速演算に必要な微小磁石を集積する新しい構造を提案
  • 新構造により、演算の高速化、製造ばらつき耐性の大幅な改善が可能
  • シリコンスピン量子ビットを基本素子とする大規模集積量子コンピューターの実現に向け大きな一歩

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)デバイス技術研究部門【研究部門長 中野 隆志】新原理デバイス研究グループ 飯塚 将太 産総研特別研究員、森 貴洋 主任研究員らは、シリコンスピン量子ビット素子※1を用いた大規模集積量子コンピューターの実現に向けて、スピン量子ビット素子と演算に必要な微小磁石※2を集積した新しい集積構造を考案した。

量子コンピューターの実用化には100万超の量子ビットを集積した誤り訂正型(汎用)量子コンピューター※3が望まれる。産総研では、既存の半導体集積化技術を利用できるシリコンスピン量子ビット素子に関する研究を進めている。大規模な集積のためには、製造プロセスにおいて生じる加工線幅の不均一性や配置時の位置誤差などの製造ばらつき※4に起因する特性不良の発生率を低減し、多数のスピン量子ビット素子を同時に正常動作させる必要がある。しかし、多数のスピン量子ビット素子を大規模に評価する実験技術がないために、素子や集積構造の製造ばらつき耐性※5を実験で評価できないのが現状である。産総研ではこれらを評価できるシミュレーターの開発を進めてきた。今回の研究ではスピン量子ビット素子の高速動作に必要な微小磁石を素子側方下部に埋め込む構造を新たに考案し、シミュレーターによって高速動作と製造ばらつき耐性を評価した。その結果、配線層に磁石を形成する従来構造と比較してラビ振動※6(スピンの操作速度)が約10倍速くなるとともに、最大集積可能量子ビット数を制限する要因となっている製造ばらつき耐性を大幅に改善できることを示した。

なお、この研究の詳細は、2021年6月13~19日にオンライン開催される国際会議「2021 Symposia on VLSI Technology and Circuits」において発表され、ハイライトペーパーに選ばれた。

図 今回考案した新しいシリコンスピン量子ビット素子と微小磁石の集積構造の模式図"

図 今回考案した新しいシリコンスピン量子ビット素子と微小磁石の集積構造の模式図

今後の予定

産総研の開発したスピン量子ビット素子特性を模擬できるデバイスシミュレーション技術を生かして、大規模集積が可能な量子コンピューター技術の設計や検証を引き続き進める。さらに、量子コンピューターの実現に必要となる演算の実行、演算結果の読み出し、スピン量子ビット素子の結合などの要素を含めた量子回路の設計を行う。併せて、大規模な極低温実験評価技術についても、その実用化に貢献していきたい。

注釈

※1 シリコン
地球の主要な構成元素のひとつであり、半導体材料のひとつ。現代集積回路はシリコン半導体で製造されており、半導体という言葉がシリコンを指して用いられる場合もある。
※1 スピン量子ビット素子
半導体などの固体中に量子ビットを実現する素子の一種。電子スピンを利用し、スピンの向きが量子ビットの値となる。例えば上向き時が0、下向き時が1、その他の方向を向いている時がそれらの重ね合わせ状態となる。
※1 量子ビット
量子コンピューターで扱う情報の最小単位。従来のコンピューターの情報の最小単位はビットと呼ばれ、0または1の2値をとる。それに対して、量子ビットは0、1、またはその重ね合わせ状態の3つの状態を組合せることで、無数の値を表現や記録することができる。
※1 電子スピン
電子がもつ運動の自由度。電子を球と考えた時の自転に相当する。左回転と右回転の2種類があり、それぞれを上向き、下向きと呼ぶことが一般的である。
※2 微小磁石
マイクロメートルからナノメートルサイズの微小な磁石。それぞれマイクロマグネット、ナノマグネットと呼ばれることもある。一般にコバルトなどの強磁性体が用いられる。
※3 誤り訂正型(汎用)量子コンピューター
演算する問題に制限がない量子コンピューターのこと。その実現のために演算の誤りを訂正しながら演算を実行する誤り訂正機能が必要となるため、誤り訂正型量子コンピューターと呼ばれる。 また、汎用量子コンピューターとも呼ばれる。
※4 製造ばらつき
製造工程において発生する、製品の寸法や位置、品質などのばらつきのこと。半導体素子は数十ナノメートルサイズであるため、わずか数ナノメートルの寸法や位置ばらつきが特性に大きな影響を与え、不良を発生させる。
※5 製造ばらつき耐性
素子や構造が、製造ばらつきに対して特性を変化させない程度のこと。集積時には多数の素子を同時に正常動作させる必要があるため、発生する製造ばらつきに対して耐性のある素子や構造が求められる。
※6 ラビ振動、ラビ周波数
ラビ振動は2つの量子状態を一定の周波数で行き来する現象。スピンにおいては、電磁波を印加すると上向きスピンと下向きスピンが一定の周期で反転する。また、この周波数をラビ周波数とよぶ。ラビ周波数が高いほど高速な量子ビットの操作が可能である。

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