固体表面上の酸素原子を高分解能2次元NMRで測定する技術を開発 ~DNP-NMRで高速・高分解能測定を実現、材料開発期間を大幅短縮~(産総研)

2021.08.31更新

NEDOが進める人工知能(AI)を使った材料開発プロジェクトである「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」において、産業技術総合研究所、先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)は金属酸化物の固体表面解析に必須の動的核偏極核磁気共鳴法(DNP−NMR)で高速・高分解能なスペクトルを得ることができる測定技術(新型パルスプログラム)を開発しました。これにより固体表面上に存在する酸素原子のNMRスペクトルをより高分解能で、かつ1時間という短時間で測定することに成功しました。

本成果により固体材料表面の高速・正確な解析が可能になることで、触媒の合成方法や表面処理方法など材料設計指針が明確になり、革新的材料の開発にかかる時間を大幅に短縮できます。

図 新型パルスプログラムにより得られる固体表面17O高分解能2次元NMRスペクトルの概要図"

図 新型パルスプログラムにより得られる固体表面17O高分解能2次元NMRスペクトルの概要図

概要

さらなる高度化・高速化が求められている材料開発の分野では、コンピューターや人工知能(AI)技術を活用し、大量かつ良質なデータを活用したインフォマティクス(情報科学)の手法により、経験と勘に基づく従来の手法に比べて効率的な素材・材料開発を行う「マテリアルズ・インフォマティクス」が大きな潮流となっています。固体触媒開発において、触媒表面の化学構造の情報を得るために、酸素原子核※117O)をはじめとする各種四極子核※2のNMR測定をすることが重要ですが、従来の核磁気共鳴法(NMR)では測定が難しいため、より感度を向上した動的核偏極核磁気共鳴法(DNP−NMR)※3を用います。しかし、従来のDNP−NMRの測定方法では、四極子核に対して、測定感度、およびスペクトル分解能が低く、表面構造解析が十分に実施できないことが課題でした。

このような背景の下、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(以下、超超PJ)」(2016年度~2021年度)で高度な計算科学や高速試作・革新プロセス技術、先端計測評価技術の三位一体による有機・高分子系機能性材料の高速開発に取り組んでいます。本事業で国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)触媒化学融合研究センター永島 裕樹 研究員、先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)は、固体表面の四極子核をDNP-NMRで高速・高分解能に測定するための革新的な測定技術の開発に取り組んでいます。2020年にはDNP−NMRを用いて固体表面上の四極子核の測定を可能にするD-RINEPT(Dipolar-mediated Refocused Insensitive Nuclei Enhanced by Polarization Transfer)※4照射プログラムを新規に設計し、世界初となる固体表面上の17O, 67Zn, 95Mo, 47,49TiなどのNMRスペクトルの短時間観測を達成しました。

そしてこのたびNEDOと産総研、ADMATは、四極子核の高分解能化手法であるMQMAS(Multiple Quantum Magic Angle Spinning)※5をD-RINEPTに組み込んだ新型パルスプログラム(D-RINEPT-MQMAS)を開発しました。これにより、固体表面の酸素原子核をはじめとする四極子核のNMRスペクトルを高速かつ高分解能で観測でき、より高精度に触媒表面の構造解析ができるため、革新的な材料開発の促進に寄与します

なお本成果は、2021年8月22日から27日まで開催される磁気共鳴の国際会議である第22回ISMAR(International Society of Magnetic Resonance Conference)で発表されます。

表 各NMR技術の特徴、開発年、課題のまとめ

技術 特徴 開発年 課題
核磁気共鳴法
(NMR)
化学構造解析の有力な分光法の一つ 1938(NMR現象の発見)
1958(高分解能固体NMR)
低感度
動的核偏極核磁気共鳴法
(DNP−NMR)
固体表面のNMR信号を選択的かつ高感度に観測できる 1953(DNP現象の発見)
2010(表面解析への応用)
四極子核への適用が困難
D-RINEPTプログラム DNP-NMRを使用して四極子核のNMR信号を観測できる 2020(超超PJで開発) 四極子核の分解能は改善しない
新型パルスプログラム
(D-RINEPT-MQMAS)
DNP-NMRを使用して四極子核のNMR信号を高分解能に観測できる 2021(超超PJで開発) 2次元NMRを実施する必要がある

今後の予定

今回の成果は固体表面上の酸素原子核をはじめとする四極子核の高速・高分解能NMR測定を実現し、材料解析に要する時間を大幅に短縮し、高精度な表面構造解析を可能にしたのみならず、計測技術の飛躍的な進歩とも言えます。今後NEDOと産総研、ADMATは本事業で、今回の成果を用いてさまざまな金属酸化物の表面構造を詳細に解析します。また、高度な計算科学や高速試作・革新プロセス技術、先端計測評価技術を融合し、材料開発の加速と製品性能や製品寿命に優れた超先端材料の開発に貢献します。

注釈

※1 酸素原子核
酸素の原子核は16O、17O、18Oの同位体が存在しますが、NMR信号を観測できる同位体は17Oのみです。これらの同位体の中で、17Oは0.038%と極めて少ない量しか自然界に存在しません。加えて、17Oの共鳴周波数は13Cに比較して2分の1程度と低いため、NMR測定感度が低く、測定が困難です。
※2 四極子核
原子核内の電荷分布が非球対称のために、物質内の電場勾配に影響を受ける原子核のこと。スペクトルが複雑なスペクトル形状をとってしまい、測定、スペクトル解析が困難です。周期表中のおよそ75%の元素は四極子核に該当します。
※3 動的核偏極核磁気共鳴法(DNP−NMR)
不対電子にマイクロ波を照射し、電子スピンから原子核への磁化移動を生じさせ、固体NMRの感度を飛躍的に向上させる技術。NMRは核磁気共鳴法を意味し、原子核にラジオ波を照射し、得られた電気的信号から化学構造を特定する技術です。
※4 D-RINEPT(Dipolar-mediated Refocused Insensitive Nuclei Enhanced by Polarization Transfer)
超超PJで2020年に発表したDNP-NMRの測定プログラム。DNPによって高感度化した水素核の磁化を固体表面上の観測したい四極子核へ高効率に移動させてNMR信号を観測します。これにより、四極子核のDNP-NMR測定が可能になります。技術の詳細は次のリンク先をご覧ください。
https://doi.org/10.1021/jacs.9b13838
※5 MQMAS(Multiple Quantum Magic Angle Spinning)
NMRの測定プログラムの一種で、四極子核のスペクトルを高分解能化する技術。1995年に最初に発表され、現在までに十数種類のMQMAS測定プログラムが発表されています。本研究ではMQMAS中のパルス照射方法を改良して、D-RINEPTプログラムに組み込むことに成功しました。

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