磁性材料におけるスピン変換の機構を解明 ~スピン変換効率の大幅な向上により、不揮発性磁気メモリーへの応用に道筋~(産総研)

2021.11.10更新

ポイント

  • 磁性材料におけるスピン変換現象の詳細な機構を解明
  • 界面の磁性材料を制御することにより、スピン変換効率を約3倍に向上させることに成功
  • スピン軌道トルク型不揮発性磁気メモリー(SOT-MRAM)への応用に道筋

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)新原理コンピューティング研究センター【研究センター長 湯浅 新治】 スピンデバイスチーム 日比野 有岐 研究員、谷口 知大 主任研究員、薬師寺 啓 研究チーム長らは、磁性材料において電流がスピン※1の流れ(スピン流※1)に変換される現象(以下、「スピン変換※1」という:概要図(左))の機構を解明し、スピン変換効率※1の大幅な向上を実現した。

産総研ではこれまで、磁性材料※2のスピン変換を利用することにより、不揮発性磁気メモリー MRAM※3の一種であるスピン軌道トルク型MRAM(SOT-MRAM)※4(概要図(左))における情報書き込み(微小磁石の反転)の高性能化を目指した研究開発を行ってきた。しかし、磁性材料におけるスピン変換の機構が未解明だったため、応用に不可欠な高いスピン変換効率を実現するための指針が確立されていなかった。今回、磁性材料におけるスピン変換を正確に検出できる素子構造を開発し、スピン変換効率を系統的に調べた。その結果、磁性材料の界面※5および内部(バルク※5)から生じる2つの異なるスピン変換機構が存在することを明らかにし、さらに概要図(右)のように界面の磁性材料を制御することによりスピン変換効率を大幅に向上できる方法を発見した。本成果は、超高速動作と省電力性を両立する次世代メモリーSOT-MRAMの実現に向けた道筋をつけ、将来的にモバイル端末やデータセンターの省電力化と高性能化につながると期待される。

本成果は、2021年10月29日(英国時間)にNature Communications※6にオンライン掲載される。

図 (左)磁性材料におけるスピン変換およびそれを利用したSOT-MRAMの概念図

図 (左)磁性材料におけるスピン変換およびそれを利用したSOT-MRAMの概念図 (右)界面の磁性材料制御によるスピン変換効率の大幅な向上

今後の予定

今後は、磁性材料を配線層に用いたSOT-MRAMの研究開発を進める。高速かつ高信頼性を有する書き込み動作の実証に向けた検討を進め、垂直磁化MTJ素子と組み合わせることで高密度なSOT-MRAMの実現を目指す。また、実用化するにあたり、新規のスピン変換効率を1000 Ω-1cm-1(現状の約2倍)以上にする必要があり、さらなる変換効率の向上を目指した新規の磁性材料の開発に取り組む。SOT-MRAMが実用化されれば、モバイル端末やデータセンターの省電力化と高性能化につながると期待される。

注釈

※1 スピン、スピン流、スピン変換、スピン変換効率
電子は電気を担う「電荷」の他に、微小な磁石としての特性であるスピン角運動量(いわゆる「スピン」)を持つ。電荷の流れは電流であり、スピンの流れはスピン流と呼ばれる。スピン変換は、図1のように配線層に電流を流すことで、電流に直交した方向にスピン流が生じる現象を指す。スピン変換の代表的な機構として、非磁性材料等において発現する「スピンホール効果」が挙げられ、材料内部のスピン軌道相互作用に起因する。スピン変換効率は、配線層に加える電界(または流す電流)に対してスピン流がどのくらい生成されるかの指標である。変換効率が高いほど、小さな電流で大きなスピン流を生成できるため、低電力での情報書き込みが可能となる。本研究では、スピン変換効率を素子に加えた単位電界あたりに生成されたスピン流の量として定義した。
※2 磁性材料
磁石に付く性質(強磁性という)を持つ材料。代表的な磁性材料として、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、およびそれらを主成分とする合金が挙げられる。
※3 不揮発性磁気メモリー MRAM、電流書き込み型MRAM(STT-MRAM)
不揮発性磁気メモリー MRAMは、電源を切っても記憶情報が保持される「不揮発性メモリー」の一種。MTJ素子を記憶素子として用いたメモリーであり、不揮発性・高速動作・低消費電力・低電圧駆動といった優れた特性を備える。MTJ素子は2つの強磁性電極の磁石の相対的な向き(平行、反平行)により高抵抗状態と低抵抗状態をとり、それぞれを「1」と「0」に対応させて情報を記憶できる。微小な磁石の方向として情報を記憶するため、電源を切っても情報が保持される。片方の磁石の向きを反転させることにより「1」、「0」の情報を書き込み、MTJ素子の電気抵抗(高抵抗状態、低抵抗状態)を検出して情報を読み出す。MRAMには、情報書き込み方式の違いにより、磁界書き込み型MRAM(トグルMRAM)、電流書き込み型MRAM(STT-MRAM)、電圧書き込み型MRAM(電圧駆動MRAMまたはVC-MRAM)、スピン軌道トルク型MRAM(SOT-MRAM)などの種類がある。
現在主流のSTT-MRAMでは、情報書き込み時および読み出し時に同じ経路でMTJ素子に直接電流を流す。STT-MRAMは、既にシステムLSIの混載メモリーなどで商用化されている。
※4 スピン軌道トルク型MRAM(SOT-MRAM)
スピン軌道トルク型MRAM(SOT-MRM)は、次世代型MRAMの候補の一つである。SOT-MRAMでは、情報書き込み時にMTJ素子に隣接した配線層に電流を流し、スピン変換により生成されたスピン流をMTJ素子に注入して磁石の向きを反転させる。情報読み出し時は、STT-MRAMと同じくMTJ素子に微小な電流を流す。書き込み時にMTJ素子に電流が流れないため、STT-MRAMの高速書き込み時に問題となるMTJ素子の通電破壊などの問題が原理的に無い。このためSOT-MRAMは、STT-MRAMに比べて高速動作と高い信頼性を両立しやすいという利点を持ち、超高速メモリーへの応用に適している。ただし、現状では書き込みに必要な電流が大きい等の問題のため、まだ研究開発段階にある。
※5 界面、内部(バルク)
異種の物質が接合する際に形成される接合面は「界面」と呼ばれる。界面では、構造の反転対称性が破れることから、「ラシュバ効果」をはじめとした様々な物性現象の発現が知られている。一方、界面と接しない部分は物質の内部に相当し、化学および物理学では「バルク」と呼ばれる。スピンホール効果は物質内部におけるスピン軌道相互作用によってスピン流が生成されることからバルクの効果に相当する。
※6 Nature Communications
英国Nature Portfolio社(旧Nature Publishing Group社)が刊行する、自然科学の全分野を扱う総合科学誌。総合誌でありながら各分野のトップジャーナルに並ぶ影響力を持つ(2020年度のインパクトファクターは14.919)。

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