バルクでは磁石に付かない物質を原子層厚の薄膜で磁石に変換~次世代スピントロニクスへの応用に期待~(JST)

2025.4.24更新

ポイント

  • 物質の中には、原子数個レベルの厚みの薄膜にすると、十分な厚みを持つ通常の状態(バルク状態)とは全く異なる性質を示すものがありますが、磁石にくっつかない物質を薄膜にしても磁石にくっつくように変化することはないと理論的に予想されていました。
  • しかし例外があることも予想されており、三セレン化二クロム(Cr2Se3)という物質で薄膜を作ったところ、磁石にくっつくように変わることを発見しました。高輝度放射光から発生するX線で調べると、薄膜を作るときの「台」に当たるシート状炭素グラフェンから薄膜への電子の移動によるものであることが分かりました。
  • 現代のエレクトロニクスは電子の電気的性質だけを使っていますが、磁気的性質(スピン)も合わせて使うことで性能を向上させる「スピントロニクス」が注目されています。今回の成果はスピントロニクスの可能性を広げるものとして期待されます。
  • <概要>

    電子が持つミクロな磁石の性質である「スピン」が物質中でそろうと強磁性が発現します。もし原子レベルの薄さを持つ2次元物質で強磁性が実現すれば、次世代スピントロニクスへの応用が期待できます。しかし、理論的には2次元物質では磁気秩序が消失すると予測されていました。
    東北大学、高エネルギー加速器研究機構、量子科学技術研究開発機構からなる研究グループは、クロムを含む反強磁性体Cr2Se3に着目し、分子線エピタキシー法によってグラフェン上にCr2Se3の2次元薄膜を成長させることに成功しました。1層から3層まで膜厚を系統的に変化させた試料を高輝度放射光X線で調べた結果、3次元の結晶では反強磁性を示すCr2Se3が、2次元になると強磁性へ転じ、さらに膜厚が薄いほど強磁性転移温度(TC)が高まることを明らかにしました。加えて、マイクロARPESによる電子状態解析から、グラフェン基板から界面を介してCr2Se3に注入される伝導電子が、この高温強磁性の決定的な要因であることを突き止めました。
    本成果は2次元材料で高温強磁性を安定化させる新たな手法を提案するとともに、スピントロニクスデバイスや省エネルギー素子などへの応用に道を開くものとして期待されます。
    本研究成果は、2025年4月18日(現地時間)に科学誌「Nature Communications」のオンライン版にて公開されます。

    本成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田 正仁)における研究課題「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(JPMJCR18T1)(研究代表者:佐藤 宇史)などの支援を受けて行われました。また、実験は高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 放射光共同利用実験課題(課題番号:2020G669、2021S2-001、2021G005、2022G007、2022PF-G005)により実施しました。


    <プレスリリース資料>

    本文PDF(473KB)


    <論文タイトル>

    “Spin-valley coupling enhanced high-TC ferromagnetism in a non-van der Waals monolayer Cr2Se3 on graphene”
    DOI:10.1038/s41467-025-58643-3


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