1.EMC測定における同軸ケーブルについて

EMC測定における高周波同軸ケーブルは計測器とアンテナ、計測器と被測定物などを接続し機器間の信号を伝達します。近年、測定対象機器の高速化、高周波化が進んでおり同軸ケーブルに求められる性能や要求も厳しさを増しています。そのため、EMC測定における正確性や再現性を確保するためには、用途に適したケーブルの選定が重要です。今回、ケーブルメーカーの立場から計測用途に適したケーブル選定方法を紹介します。

2.計測用途に適したケーブルの選択

伝送される周波数、電力はもとより、配線環境(配線長、環境温度、ノイズ)や測定環境(ケーブルに曲げなどの機械負荷があるか)も考慮してケーブル選定を行う必要があります。伝送される周波数に関して、同軸ケーブルが通すことのできる範囲は、同軸ケーブルの内部導体の外径及び外部導体の内径に依存します(図1.)。同軸ケーブルの伝送可能な周波数の計算式は以下の通りです。

図1.同軸ケーブル断面略図
図1.同軸ケーブル断面略図
伝送可能な周波数
d : 内部導体外径[mm], D : 外部導体内径 [mm], εr : 誘電体の比誘電率, f : 周波数[GHz]

同軸ケーブルの外径が細くなるほど、高い周波数まで伝送できるようになります。また伝送できる周波数を決める要素として同軸コネクタも挙げられます。同軸コネクタも接合部の径によって伝送できる周波数帯が異なります。マイクロ波帯で代表的に使用される同軸コネクタを表1で紹介します。伝送する周波数帯で、ある程度コネクタは決まってきますが、同時に計測器と被測定物が使用しているコネクタに合わせてケーブルコネクタも選択する必要があります。

表1.マイクロ波帯向け同軸コネクタの種類と周波数例
名称 N SMA 3.5mm 2.92mm
伝送可能周波数 18GHz 18.5GHz 26.5GHz 40GHz

つぎに伝送できる電力特性、減衰量に関してです。減衰量は正確な特性測定をするうえでなるべく低く抑えたい特性です。以下は、減衰量の計算式です。

K2 : 減衰量に及ぼす内部導体撚線係数, Kb : 減衰量に及ぼす外部導体編組係数,
ρ1 : 内部導体の固有抵抗[Ω・cm] ,
ρ2 : 外部導体の固有抵抗[Ω・cm], tan δ: 誘電正接

上記の計算式から導体の寸法に起因する外部導体内径:Dと内部導体外径:dが大きくなる(ケーブルが太くなる)と減衰量が小さくなり、逆に外部導体内径:Dと内部導体外径:dが小さくなる(ケーブルが細くなる)と減衰量は大きくなることを示しています。先に触れましたが、高い周波数を伝送するためには細いケーブルを選ぶ必要があります。これは、伝送する周波数帯が高くなるほど減衰量の大きなケーブルを選ばなくてはならなくなることを意味します。また、ケーブルの長さも減衰量に影響します。長くなればなるほど、減衰量は大きくなります。適切な長さで配線する事も減衰量を低く抑えるためには重要です。

また同軸ケーブルの特性インピーダンスに関しても触れます。一般的な計測用の同軸ケーブルの特性インピーダンスは50 Ωです。EMC計測でも同軸ケーブルを使った測定系は同様に50 Ωです。特性インピーダンスは以下の計算式で算出することができます。

Z0: 特性インピーダンス

上記の式から、特性インピーダンスは誘電体の比誘電率と内部導体外径と外部導体内径の比によって決定されます。この比率が一定であれば寸法が変化しても特性インピーダンスは一定になります。同じ特性インピーダンスでも減衰量の小さい(太い)ケーブルも減衰量の大きい(細い)ケーブルも設計が可能になります。適切なケーブルの寸法は、先に説明をした伝送可能周波数とのバランスも加味して決定していきます。昨今はEMC測定においても高周波化が進んでおり、ミリ波帯の40 GHz~50 GHzを使う機会が増えていくと考えられます。マイクロ波からミリ波帯向けの同軸ケーブルにはその誘電体材料としてフッ素ポリマーが多く利用されています。フッ素ポリマーはプラスチック材料の中で最も誘電率と誘電正接が小さく、同軸ケーブルの減衰量を低く抑えることができます。つぎにケーブルの配線環境に関して、計測環境が可動か固定か、また、温度管理がされている環境かどうかもケーブル選定時に考慮が必要です。同軸ケーブルはその構造的に比較的硬くなる傾向があります。硬いケーブルは配線が難しくなるという基本的な問題があります。加えて、特にアンテナや被測定物を正確に動かす、角度を変更するなどの計測では硬いケーブルは位置決め精度や角度の正確性を悪化させます。最悪のケースではケーブルの硬さが原因でアンテナや被測定物を動かすこと自体ができずに測定ができないという場合もあります。主にケーブルの内部導体や外部シールドの構造、ならびに外層被覆材料の選定などでケーブルを柔軟にすることは可能です。測定条件や測定環境によって求められる最適なケーブルは大きく変わってきます。必要に応じてケーブルメーカーに相談されることを推奨します。

3.計測におけるケーブルの重要性

計測におけるケーブルの重要性に関して、測定時の位相安定性は重要な項目になります。位相変動が発生する主な要因は環境温度の変化とケーブルの曲げによる機械的な負荷です。高周波同軸ケーブルの多くには誘電率や誘電正接の小さいフッ素ポリマー、特にPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)が誘電体に使用されています。PTFEは優れた電気特性を示す一方、室温付近の20℃前後で位相が大きく変わる傾向があります。また、ケーブルを曲げた際にも、誘電体には圧縮などの負荷が局所的にかかり、位相の変化を起こします。これらの変動は測定の不確かさの原因になります。しかし、PTFE材料の改質や同軸ケーブルの誘電体層形成時の加工技術などにより温度変化や曲げに対する位相変化を抑えることが可能になっています(図2.、図3.)。*曲げ位相試験条件:同軸ケーブルを外径60㎜の円筒に360°巻きつけた際の位相変化をベクトルネットワークアナライザで測定

図2.位相安定ケーブルの曲げ位相変化
図2.位相安定ケーブルの曲げ位相変化
図3.位相安定ケーブルの温度位相変化
図3.位相安定ケーブルの温度位相変化

位相変動は周波数依存があるため、昨今の高周波化により問題が大きくなってきています。これからミリ波帯の測定などを検討される場合は同軸ケーブルの位相安定性能にも注意をしていく必要があります。EMC計測におけるケーブルの重要性として、同軸ケーブルのシールド性能も重要です。ケーブルメーカーの立場から、ケーブル製造時に最も時間とコストのかかる工程の一つがこのシールド加工工程です。高周波同軸ケーブルでは外部導体に2重シールド構造を採用するものが増えていますが、その中でも銅テープ巻きシールド+編組シールドの構成(図4.)がシールド性、柔軟性、耐久性の面で優れています。銅テープの表面が滑らかなため、高周波での減衰量も小さく抑えることができます。高周波になればなるほど同軸ケーブルの重要性が増す傾向があるため、高機能なケーブルを選定することを推奨します。

図4.銅テープ巻き+編組のシールド構造略図
図4.銅テープ巻き+編組のシールド構造略図

4.用途ごとの計測用同軸ケーブル使用例と写真

Junkosha マイクロ波・ミリ波同軸ケーブルアセンブリ
0シリーズ 精密計測用位相安定タイプ
曲げ・温度位相安定、可動配線向け
1シリーズ 計測用耐熱・耐久タイプ(161)
スリム・位相安定、可動配線向け
2シリーズ 計測用柔軟耐久タイプ
柔軟・低挿入損失、可動配線向け
3シリーズ 温度位相安定タイプ
固定配線向け

(著)潤工社