1.はじめに
電子機器の開発における課題として、信号品質、電源品質の確保とEMC(Electro Magnetic Compatibility:電磁両立性)対策がある。EMCは電磁妨害としてノイズを与えるEMI(Electro Magnetic Interference)と、外来ノイズの耐性を示すEMS(Electro Magnetic Susceptibility)に分けられる。電子部品の動作周波数の高速化に伴い、ノイズを外部に出さないようにするEMI低減が電子機器の開発において重要になってきている。本稿ではプリント基板におけるEMIの観点でのノイズ対策に着目し、その低減方法について説明を行う。
2.プリント基板におけるノイズ
電子機器の放射ノイズは電子部品、プリント基板、ケーブル、筐体などそれぞれ相互に影響を及ぼす事象と言えるが、それぞれのメカニズムを把握することで事前に対策が可能となる。実際の電子機器開発の現場では、プリント基板の設計が完了し、実装組み立てを経て実機評価の段階で問題が発覚した場合、プリント基板そのものに対して出来る対策が限られてしまうこと、そして有効な対策が見つかったとしても、基板の設計変更を行い再製造する必要があるため、費用、時間が増加し、製品の市場投入が遅れてしまう。そのため、電子機器のノイズ対策は設計初期段階から、ノイズ低減を考慮したプリント基板を造り込む事が非常に重要となる。
2-1)ノイズの概念
放射ノイズは以下に示す、①ノイズ発生源、②ノイズ伝搬経路、③アンテナの3つの経路を伝搬する。そして、実際にはそれぞれの部位からの放射も存在し、複数の放射源が存在すること、更にノイズ発生源と放射源が必ずしも一致しない、などという事象が混在しEMI対策をより複雑にしている。

これをプリント基板に注目して見ると、電子部品、信号配線、電源プレーンに更に分類できる。電磁波は電流や電位変動が大きいほど強く放射されるため、全体のノイズ放射の抑制には、ノイズ源となるプリント基板のエネルギーを抑制する事が重要となる。
2-2) 信号伝送とノイズ
デジタル信号のパルス波形は、下図に示すように基本周波数と高調波成分の合成で構成されており、特に高次高調波は高周波エネルギーを有するため、放射ノイズ対策への影響が大きくなる。従って、プリント基板からの放射ノイズ低減には以下の対策が有効となる。

<プリント基板の信号配線からの放射ノイズ対策>
1)信号配線を最短に → 放射アンテナとなり得る信号配線を出来る限り短くする
2) 適切なダンピング抵抗の追加 → リンギングを抑制し信号品質(SI)を確保する
3)ドライブ能力の適正化 → 必要以上に高いドライブ能力の素子を使用しない
2)、3)の対策は、放射ノイズ対策には信号品質の確保も重要であり、信号品質の確保がEMI対策に繋がることを意味する。以下に、リンギングが発生している波形(条件A)と、その信号にダインピング抵抗を追加した波形(条件B)のシミュレーション結果を示す。更にそれぞれの波形から放射をシミュレーションした結果を示す。リンギングにより高周波成分を含む条件Aは放射レベルが高く、適切な抵抗により波形整形を行った条件Bはそのレベルが低減されていることが分かる。

2-3) 電源プレーンとノイズ
多層プリント基板では電源、グラウンドをそれぞれプレーンとして設計する事が多く、電源-グラウンドプレーン同士が平行平板として固有の周波数で共振現象が生じる。平行平板の共振周波数は以下の式1で表現できる。この式から分かるように、共振周波数は対向する平板間の比誘電率と平板の各辺の長さa,bによって決まる。比較的大きいサイズのプレーンでは低い周波数で共振を起こしやすくなり、電子部品の動作による励振がノイズ源となり、これらプレーンがアンテナとして振る舞うことで放射が生じる。

プレーン共振の対策には、共振周波数と共振点を把握し、キャパシタを追加して電源-グラウンド間のインピーダンスを低くすることが一般的である。しかし、その効果が十分ではない場合、共振周波数がシフトするものの対策としては不十分な場合もあり、共振エネルギーを減衰させるためにキャパシタに直列に抵抗を追加する(スナバ回路)などの対応も有効である。共振周波数は上記式1で計算は可能であるが、実際のプリント基板では単純な矩形のプレーン形状にはならない事が多いため、シミュレーションにて個々のプレーン形状で解析を行い、共振周波数および共振位置を確認し、対策と効果の確認を行う必要がある。
3.EMC対策
3-1)プリント基板設計での対策
同一の回路図であっても設計者が違えば、十人十色で同じ配置、配線にはならないのがプリント基板設計である。言い換えると、良くも悪くもプリント基板の部品配置、配線は設計者の知識、経験、思想によって変わり、ノイズ特性も変わることを意味する。以下に、一般的なプリント基板設計におけるノイズ対策項目を示す。
<配置・配線>
- 信号配線に対してリターン電流のパスを常に意識する(回路図には記載のない経路)
-クリティカル信号は電源プレーン分割のスリットを跨がない
-ビアで層を移動する場合はリターンパスとなるグラウンドビアを近傍に追加する - クロックなど定常動作する信号は特に注意して優先的に配線を行う
-基板の端に配線しない、内層で配線する - ガードパターンには必ずグラウンドビアを端点、およびガードパターンに周期的に設ける
- 配線では出来るだけ短く、特にグラウンドまで考慮したループ面積を最小にする
- 回路的に高周波エネルギーを抑制する(適切な駆動能力、ダンピング抵抗値など)
- パスコンは素子の近くに配置し、パスコンを介して電源/グラウンドプレーンに接続する
<プレーン>
- 電源供給が必要のないエリアまで電源プレーンを無駄に広げない
- プレーンのサイズ、形状は共振を考慮して設ける
-狭く、細くなる形状を避ける(インピーダンスが高くなる) -鋭角な形状を作らない(放射し易くなる) - グラウンドプレーン端には共振防止でグラウンドビアを必ず設ける
3-2)シミュレーション
前項で記載したように、プリント基板設計段階でノイズ対策として考慮すべき点は非常に多く存在する。それを考慮した設計を行う事が重要であるが、その結果としてデザインされたパターンがノイズを発生しないかの妥当性判断を行うことが、実機問題を未然に防ぐ事につながる。その手段として有効なのがシミュレーションである。デジタル回路のパルス波形の高周波ノイズを抑制するには信号品質の確保が重要であり、SIシミュレーションや、ノイズレベルを確認するEMIシミュレーション(遠方界、近傍磁界)の実施が有効である。また、近年はノイズ発生要因をデザインルールに落とし込んだEMCルールチェッカーなどのツールも普及しており、これらを活用することで基板設計者のスキルに依存しない品質を確保する事が可能となっている。
3-3)プリント基板での対策
多層プリント配線板では、複数の信号層、電源層、グラウンド層を使用するが、それをどのように設定するかでもノイズ特性が変わってくる。特にグラウンド層を何層、どこに配置するかがノイズ特性に影響を与える。コストを重視した場合は、できるだけ層数は少ないほうが有利であるが、グラウンド層を削減した場合、その弊害としてリターンパスを失ったり、シールド効果が低減したりとノイズ面では不利となるケースが多い。その様なコスト制約がある基板や安定的なプレーンを確保することが難しい2層基板を設計する場合は、特にリターンパスを考慮した細心の注意が必要となり、ノイズ抑制観点での基板設計難易度は高くなる。
4.具体対策例
4-1)シミュレーション
以下に、EMIシミュレーション実施例を示す。
初期設計段階でクロックに起因する高調波からの放射レベルが高い事が確認された。SIシミュレーションを実施し波形を整形し、近傍磁界レベルの高いコネクタ付近のグラウンド形状を修正することで放射レベルの低減が確認できた。このように、基板設計段階での対策の有効性、妥当性を実機が完成する前に検証が可能となり、手戻りをなくすことが可能となる。

4-2)基板構造
プリント基板自体で行うノイズ対策の一例として、ここでは「端面シールド基板」を紹介する。
内層の電源プレーン、内層の信号からノイズが多層プリント基板の基板端面から放射されることを防ぐために、基板端面の外周をめっき処理することで、端面からの放射を抑制可能となる。

出展:OKIサーキットテクノロジー
5.まとめ
プリント基板におけるEMIのメカニズムとその対策を述べた。低ノイズプリント基板設計の勘所は、ノイズ源となり得るポイントを把握、理解し、如何に設計段階でそれを潰し込むかという地道な作業の積み重ねとなる。近年はEMCルールチェッカーや各種解析ツールも普及してきているため、設計者の経験と勘にのみ頼ることなく、定量的、且つ客観的にその良し悪しを判断しながらデザインする事が重要であり、ノイズを未然に防ぐという観点では有効と考える。加えて層構成や構造など含めたノイズ低減思想が必要であり、全体を通した低ノイズ設計が重要となる。